ジジ子&リクオの森と海の生活

〜 The Road to Offgrid Life ... Let's take a minute to think about what it means to "go green".〜

【美し海外滞在記 PART2】〜New York の海水浴場? Jones Beach へ… & 今日のリクオちゃん(^_^)v 〜

 

 

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【今日のリクオちゃん(^_^)v 】

 

 

今日はお天気も良く、雪の白さに陽の光があたり、

キラキラと輝いていました。

 

雪は淡い水色にも見えて、なんとも言えない

自然の美しさを感じます。

 

リクオは雪が降れば降るほどテンションが上がり、

雪塊を掘ってみたりして、はしゃぎだします。

 

 

 

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美しい大自然を満喫できて…。リクオはシアワセもんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【美し海外滞在記】

   〜New York 州 は『住んでみたい!』って思うぐらい良いところ!!〜 

 

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jijikolikuonomorinoseikatu.hatenablog.com

 

 ↑   ↑   ↑   ↑

 

前  回  の  続  き  ↓   ↓   ↓

 

 

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New York の海水浴場?  Jones Beach へ…

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T と彼女の弟でNY city に住む J は

私が何も言わずとも、また求めずとも、

せっかくここまで来た外国人である私に対して、

『最大限のおもてなし』をしてくれようとしていた。

 

 

しかも、彼らは何も言わず…

何も言わずという言い方は変だけれども、

 

 

      『せっかく来たのだから云々…』

 

 

という、恩着せがましい、いわゆる…

『野暮なこと』を口にせず、黙って(イヤ、世間話はしても)

あちらこちらに連れていってくれた。

 

 

 

何度も言うが、J とは夕べ会ったばかり、

T ともまだそう何度も会っていない…

 

 

 

信頼…って、長年かけて何度も会って築く……

そういうものではないと思った。

 

 

 

…思ったものの、不思議な感覚を覚える。

少なくとも自国、日本ではここまでの体験をしたことがない。

 

 

 

会ったばかりで親切に接してくれる…

なんていうのは日本でももちろんあるけれど、

しかし、なんのツテもコネもなくひょっこり会って

『すぐ友達』

だけではなく、あれだこれだ実際に動いてもてなしてくれる…

しかも頼んでもないのに…

 

 

 

 

言葉だけ……なんていうのは実際、時間が経てば

何処かへ行ってしまう……

 

 

 

けど、してもらったことは一生、心に残る…

私はそう思う。

 

 

 

彼らが当時にしてくれた行動と想いは一生、

自分の心の中で消えることのない温もりを

与えてくれた。

 

 

 

 

 

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       『NY にもビーチがあるのよ!』

 

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T がそう言ってJ と一緒に連れていってくれたのが、

Jones Beach だった。

 

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美しい海岸線がどこまでも続く… 真っ白な海砂のキレイさは実際にはもっと素敵だ。

 

 

 

 

 

車で向かう道中の爽快なこと……。

海岸線を走るハイウェイでは開放感いっぱいのドライブが楽しめた。

 

 

 

 

ビーチに着くと、そこには誰もいなかった。

どこまでも続くかのような海岸には

雪のように白く輝く砂浜が…。

 

 

 

海辺も太陽の光をたっぷり浴びて瞬く…

その光景は思わずウットリするほどだった。

 

 

 

『目に優しい…』

 

 

 

そんな印象を与えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

       『今は秋だから誰もいないけど夏はたくさんの人が来るの!』

 

 

 

 

…この話はずいぶん昔のことなのだが、

いま、初めてJones Beach を検索してみた。

 

 

 

そのサイトに載っているビーチの画像を見る…

  ↓   ↓   ↓   ↓

 

nysparks.com

 

 

 

…本当だ。

子供も大人もいっぱいいる。

 

 

 

行った時はちょっと肌寒い感じで、

もちろん海には入れないのだけれども、

ひと気の少ない美しい光景を見ることが出来たので、

ラッキーだった。

 

 

 

 

 

 

 

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しかし、このビーチの雄大さはなんだろうか。

ここは本当にNYかい?

 

 

 

 

日本でここまで広々とした海辺を見たことが

あまりない。(新潟のほうで見たことがある…)

 

 

 

なぜか?

 

 

 

ひとつは砂浜の大部分を 埋めたてて、

海岸線を走る国道にしたところが多かったりする。

 

 

例えば、紀伊半島の南の海岸線を通る国道42号。

そこは昔、砂浜だった。

 

 

埋めたてて道路にしてしまった。

 

 

道路があることは有難い。

が……

 

 

 

 

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   『ビーチでランチ』

 

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T は自宅で作ったサンドイッチを出してきて、

砂浜に座るべく、シートを広げ始めた。

 

 

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作ってきたランチを食べる T と弟 J 。J はジャンバーに短パン姿…(^_^)v

 

 

 

 

 

T は、それにしてもマメな人だ。

大概のものは買わずに作ってしまう…。

 

 

簡単に物を買わない人…浪費をしない。

ケチということではなく、それがあたりまえの習慣になっている。

 

 

(えらいな…)って思った。

 

 

 

 

 

 

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 自分も一枚、パチリと撮ってもらった。

 

 

 

当時はインスタントカメラが旅の主流で、

この写真もそれで撮った。

 

 

 

スマホがどうのとか、デジカメがとか

この時は思いもよらなかった。

 

 

 

 

古き良き時代…

って言っても何十年も前の話ではないんだけどなぁ。

 

 

 

 

異国の海も空も砂も鳥も

素晴らしかった。

 

 

 

しかしそれ以上に、

その時にそこにいる不思議さが

たまらなく嬉しかった。

 

 

 

実際のところ、日本を再びあとにしたのはトドのつまり、

『現実逃避』であった。

 

 

 

日本だって捨てたものではないのはわかっていたけれど、

それでも当時の自分には限界だったのだ。

 

 

 

『まだ見ぬ新しい発見を発掘したくて!』

なんていうキレイゴトではない。

 

 

 

そんなポジティブな動機だって裏を返せば、

『現実逃避』のようなものから来ているのではないか。

 

 

 

      「現実を打破したい」

 

 

 

そう言っているようなものだから、

言い方ひとつでいろいろに変幻するわけで。

 

 

 

 

 

 

       「ここではないどこかに行っても何も変わらないよ」

 

 

 

と云う人もいるだろう。

しかしさっきまで見知らぬビーチだったところに腰掛けて、

会ってそう経っていない友と疑い合いのない時を過ごして

感じたこと…

 

 

 

 

それは、

「何かを変えに人は生まれて来た」

のではなく、

 

 

 

 

 

 

「経験をしに、そして感じたことのないことを感じに産まれてきた」

 

 

 

のだと感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、経験すること、感じることは、

ひとりよりも、誰かが関与してくれたほうが

効果的であるということ。

 

 

 

 

相互で影響しあっているのだから。

与えているのではない。

与えられているのではない。

 

 

 

 

人を変えようと、いや、他人だけではない、

自分自身でさえも変えようとしたときに、

無理が生じるのは、こういうことだから…

ということがわかった。

 

 

 

     「自分を変える」

 

 

 

とは一見、好転的のように思える。

 

 

 

   「今の自分を変えたい…」

 

 

 

とは多くの人が思うことだろう。

 

 

 

 

 

ややもすれば、

「変えなければ(進歩しなければ)いけない」

ということが社会的な風習とさえなっている。

 

 

 

それが鬱とか精神的な疾患とか心の病、

身体の病などなどを持つ場合などでは尚更、

その是非が求められがちであるようにも見える。

 

 

 

しかし、そうではなかった。

人は本来、そのままで素晴らしく、

自分を受け入れ、安心していい存在であるということが、

あの頃の経験からもわかる。

 

 

 

ツテもコネも人脈も、

絆を築く時間も本当はいらなかった。

 

 

 

空間を超越して安心した気持ちで

一緒に過ごせる友が必ず何処かにいる。

 

 

 

既成概念が強い傾向のある日本…

既成概念を拭うことができれば、

私たちはまたなにかを感じに行くことができる。

 

 

 

あなたは変わる必要などない、

ただ感じるだけでよい。

 

 

 

自ずと何かが変わる…ように見えるだろう。

 

 

 

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(続く?か?)

 

 

 

 

“Don’t bother just to be better than your contemporaries or predecessors.
Try to be better than yourself. Not to change”